山本裕之ひとりごと 2008.8.8 ★2008.8.8       マーロウ

  プールサイドのデッキチェアで僕の隣に座っていたボルサリーノ風の麦藁帽子をかぶった老人が、『今の世の中、自分勝手に生きるのは簡単だ。』と 言った、 ちゃんと働いてさえ いれば住むにも喰うにも困らない、子供を沢山つくらなけりゃ責任も少なくて気楽に身勝手に生きられる、買いたいもんだってやりたい事だって何でも できる。
『おっしゃる通りです。』僕は読みかけの推理小説を地面に置いて、氷の解けたウィスキーコークを煽って麦藁帽子の下の薄い影を見た。ハンフリーボ ガードよ りロバートミッチャムに似 ている。
  真夏の空は老人の憂いを表すかのように曇天で、彼の本心を嘲るように蝉が鳴く。

『ボウヤ、人生で最も大切な事は何だかわかるかい?』
『.......浪漫.............ですか?』
『うん、悪くない答えだ。夢、ってのもいいかもな。でもそれらはどちらかって言うと自分主体、自分がハッピーになる為のもんかもな。命題だがヒト は何の ために生まれてきたんだい....』
『最も大切か.......なんだろう.......じゃぁやはりコミュニケーションですね、きっと。』
『まぁそうだ、つまり伝承だ。我々はニンゲンという生き物の永い歴史の途中にいるんだ、いいのか悪いのかその歴史を我々はまだ積み重ねていってい る。勿論 こ んな素 晴らしい時代なんだから楽しく生きるのは賛成だが、みんな身勝手に生きてる場合じゃない とキミは今の世の中を見て 思わんかね、弱いニンゲンしか育っていない、と。自分の快楽を少し削ってでもヒトに技術やココロや何かを伝承しないといけない、と。もう少し個々 が自身の 存在理由を考えながら生きなくては、何も残せないま ま私のよ うに老いて朽ちてしまうよ。』
『........ですが、 "伝える" コトの大切さはみんなもわかってると思います、少なくともだんだん危機感は感じてきています、ただ、みんなこの複雑な世の中に戸惑っているだけな のです。 それに、 楽しく今風にに生きても 何かを "伝える" コトはできると思います、そりゃ勿論努力すればですけど........』
  老人は微笑みながら言った。
『甘いなボウヤ.........』
  それ以上老人は何も言わなかった。ひょっとしたら僕の答えに失望したのかも知れない。
  空になったグラスを傾けながら、僕は自分が伝承できるコトと自分の甘さや弱さについて考えながら曇った空を見上げて目を閉じた。次の杯は甘くない ジンの ソーダ割りにしてみよう。



  フィリップマーロウが言った。
『強くなければ生きてはいけない、 優しくなければ生きていく資格がない。』  (*1)
  彼の台詞を引用して阿久悠が言った。
『気障でなければ生きられない、甘えていたなら生きてる資格はない。』  (*2)

 
  阿久悠の言った通りもうタフガイは流行らない時代になったのかも知れない、しかし格好良く生きるオトコの美学を、強さを、そして本質を、もしかし たら老人 は問答の中で若造の 僕に伝えた かったのかも知れない........生きるコトは "伝える" コト...............

  老人はいつの間にかプールサイドにいなかった。
  僕は公園から吹き込む緑の匂いの風に身を委ね、鳴きやまない蝉の叫びを聞きながら、老人の言う "伝える" コトに命(じんせい)を懸ける決意をした。蝉は嘲させとけばいい、"鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす" のだ、やるしかない。
 


  オリンピックイヤーの今年もツラく暑い夏なぁのだ。......................シェーッ!(合掌)








summer of 2008
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*1............1958年 レイモンドチャンドラー "プレイバック" より   If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.  (少し意訳のようだ....)
*2............1992年 桑名正博 アルバム "百万人に一人の女" より






2008.8.10 加筆